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遠軽高校「オホーツク風土研究」でブラ・ジオツアー!

遠軽高校では、3年次の選択科目として「オホーツク風土研究」という地域の自然や歴史、文化について学習するカリキュラムが組まれています。今年は27名の生徒が受講し、1年を通じて遠軽町や近隣地域について学び、レポートの作成と成果発表を行います。

ジオパークとも連携をしながら進めていただいており、年7回はジオパーク講座として実施しています。

7月21日(木)はジオパーク講座2コマを校内で実施することになっていましたが、このうち1コマ目は、高校から半径数百メートルをブラブラ歩いて歴史の痕跡を探る「ブラ・ジオツアー」を実施しました。

今回は次の3つのポイントを回りました。

①遠軽高校から東側に伸びる坂を上がった河岸段丘崖

高校正門から東側に向かい、200m程度行った先にある崖は、河岸段丘という川の流れで削られてできた地形で、かつてはここが川だったことを示している。河岸段丘の上には住居跡の遺跡が見つかっているが、当時の遺跡は、このような少し高い場所で多く見つかっている。これは洪水時に住居を流されないためと考えられ、当時の人の暮らしの知恵を垣間見ることができる。

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河岸段丘上の遺跡の説明

 

 

②高校前から国道242号に真っ直ぐのびる道路

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基線道路の痕跡

遠軽高校前から南側の中川歯科や木楽館の方向に伸びる道路を見渡すと、直線上に国道242号がつながって見える。これは、明治25年に無人の原野の真ん中に造られた湧別原野基線道路の痕跡。この基線道路を基準にオホーツク海側から1号、2号、3号・・・と540m(300間)間隔で垂直方向に号線が設けられており、高校前の道道は38番目の号線である。また、町全体が基線道路を基準とした区画制度により作られており、道路造成から120年以上たった今も航空写真などでその痕跡がわかる。(参考:えんがる歴史物語「今も残る長く真っ直ぐな道路-湧別基線道路と区画制度-」

③遠軽大橋そばの「水神碑」

湧別川は開拓以降、たびたび氾濫し、災害をもたらした。昔は橋から飛び込む人もいたほど河床が深かったが、ダムなどの治水により水害は減っている。なお、遠軽高校は地震災害のときは避難場所に指定されているが、洪水災害の避難場所にはなっていない。

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「水神碑」の前

 

自分たちの身近にある歴史の痕跡の再発見の楽しさが、少しでも生徒たちに伝わったでしょうか?

2コマ目は、座学でジオパーク概論。ジオパークに取り組むことで、なぜ自分たちの地域には美味しいものや温泉や美しい景観があるのかを知ることができる。その代償として災害のことも知ることができる。瞰望岩をはじめとして遠軽町は火山活動で基盤が作られたということが、活動を通じてわかってきた。このような活動を通じて地域の自然を守り、未来につなぐのがジオパーク。ということをお話しさせていただきました。

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なお、今回、このジオパーク講座を町民開放講座としてご案内しましたが、一般参加がありませんでした。今後も町民開放の機会を作っていきますので、ぜひご参加をお願いします。

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