はじめに
地球上で見ることができる地層や岩石はそれぞれ、地球がどのようなものであり、
どのような過程を経て現在に至るのか知ることができる、貴重な遺産です。
言い換えると、過去から現在までの「地球の記憶」を読み解くための重要な証拠なのです。
それではいったい白滝ジオパークには、どのような地球の記憶が残されているのか、
写真を見ながら一緒に読み解いていきましょう。
1.ただの砂や泥ではない?「付加体」の形成
白滝ジオパークに残された地球の記憶の物語は、砂や泥から始まります。
これを聞いて「え?砂や泥から?なんか地味」と思った方もいるかも知れません。
しかしながら、白滝ジオパークで見ることができる砂や泥は、実は地球の壮大でダイナミックな物語を記録しているのです。
その痕跡を見ていきましょう。
図1をご覧ください。この写真には、白滝の上支湧別という場所で見ることができる砂や泥が写っています。
この場所では、砂が固まってできた岩石(砂岩)と泥が固まってできた岩石(泥岩)が何度も繰り返している様子を
見ることができます。
ここで注目してみていただきたいのは、砂や泥が波を打ったような形に見えるということです。
この波打って形を変えている点が、実は地球の記憶を読み解くための重要なポイントです。
砂や泥が水の中で溜まっていく様子をイメージしてみましょう。
静かな水の中に泥や砂がたまると、砂や泥が綺麗に重なり、砂と泥のミルフィーユができていくはずです。
しかしながら、上支湧別の砂や泥は波打って変形しています。
このことは、堆積した砂や泥が何らかの力を受けて変形したことを意味します。
では、この砂や泥を変形させる力は、どこからやってきたのでしょうか。
実はこの変形は、地球の表層を構成するプレートの活動によって生み出されました。
地球上は複数の「プレート」と呼ばれる岩盤で構成されており、それらが相互に運動することでプレートとプレートが
ぶつかったり、離れたりしていると考えられています。
このプレートの相互の移動に伴って、水の中で堆積した砂や泥がもう一方のプレートに押しつけられ、
岩石が変形するという現象が起こります(図2)。
白滝でみることができる変形した砂岩や泥岩は、地球科学の言葉で「付加体」と呼ばれており、北海道の土台を構成しています。
このような一見ただの砂や泥に見える岩石にも、実は地球のダイナミックな活動の記憶が眠っているのです。
2.衝突がつくりあげた大地
北海道の大地の形成にもプレートの運動が関係していると考えられています。
その証拠として考えられているのが「白滝構造線」と「破砕された花崗岩」の存在です。
白滝構造線とは、北海道からサハリンの北部までひろがる大規模な断層のことです(図3)。
このような大規模な断層は、ユーラシアプレート・北米プレートと呼ばれる2つの大陸プレートが衝突することで
生み出されたと考えられています。
また、白滝ジオパークには、もう1つプレートの衝突の痕跡として考えられている岩石があります。
それは「破砕された花崗岩」です。
花崗岩とは、マグマが地下の深いところで、ゆっくり冷えて固まった岩石で、全体的に白っぽい色をしています。
白滝ジオパークには、「白滝花崗岩」と呼ばれる花崗岩が地表に現れている場所があります(図4)。
このような地球の中身を地上で見ることができる場所は、地球科学の言葉で「露頭」と呼ばれます。
白滝花崗岩を詳しく見てみると、岩石が壊れている様子を見ることができます(図5)。
このような壊れた花崗岩の存在がプレートの衝突の痕跡と考えられており、プレート衝突による力を受けて
花崗岩が破砕されたと考えられています。
プレートの運動はその後も続きます。
プレートの衝突が続いた場所では、地下深くの岩石がめくれあがり、例えば北海道の背骨と言える日高山脈を形成しました。
北海道のジオパーク仲間であるアポイ岳ジオパークでは、この時の衝突で地下から地上へ顔を出した
地球内部のマントルを構成する「カンラン岩」という貴重な岩石を見ることができます。
なんと、北海道は、かつてのプレートの衝突によって生み出されたのです。
3.光り輝く地上の星、黒曜石の誕生
白滝ジオパークを特徴づける岩石が、「黒曜石」と呼ばれる火山岩です。
黒曜石とは、ガラス特有の光沢を有する非常に美しい岩石で、北海道では「十勝石」という愛称でも知られています。
黒曜石が他の岩石と大きく異なるのは、そのほとんどが「ガラス」でできているという点で、粘り気の大きなマグマが
冷えて固まることで黒曜石ができると考えられています。
白滝ジオパークには、黒曜石を生み出した地球の火山活動と、それを資源として活用した人類に関する
「地球の記憶」が残されています。
白滝の黒曜石については、地質学的・考古学的研究が進められています。
白滝ジオパークで進められた地質調査によると、9枚の黒曜石溶岩が、約220万年前に噴火したことがわかりました(図6)。
白滝の黒曜石は、その見た目に違いがあることもわかっており、見た目がつややかな「光沢タイプ」と、
表面がざらざらしている「梨肌タイプ」に大きく分けることができます(図7)。
この2つの違いは、黒曜石に含まれる少量の結晶に違いがあるからで、光沢タイプには、磁鉄鉱と呼ばれる結晶が
含まれるのに対し、梨肌タイプには磁鉄鉱と斜長石が含まれています。
白滝で溶岩の構造に関する調査も進められています。
例として、十勝石沢溶岩と呼ばれる露頭の写真を見てみましょう。
図8をご覧ください。この写真から、溶岩の外側には黒曜石が発達し、より内側には球かや
リソフィーゼ(中空上の球か)と呼ばれる結晶がたくさん含まれる、流紋岩と呼ばれる岩石が観察できることがわかります。
写真ではわかりにくいかもしれませんが、黒曜石の層の厚さは5m以上あります。
このような溶岩の構造の違いは、噴火時のマグマ中のガス成分の発泡・ガスの抜け方、冷却の違いによって
生み出されると考えられています。
さらに、白滝ジオパークが保持する地球の記憶には、黒曜石が、かつての人類にとっての
貴重な資源であったことが含まれています。
白滝ジオパークのエリア内では、黒曜石を使用した後期旧石器時代の遺跡も数多く見つかっています。
白滝で見られる黒曜石溶岩の化学組成に関する特徴も詳しく調べられており、白滝産黒曜石が白滝を離れて
どこまで広がったかを調べる研究も進められています。
白滝ジオパークは、黒曜石の研究に関する最前線なのです。